専業主婦の愚痴話

最後の別れから1ケ月が過ぎました

先月、大好きなゆう君と最後の別れをしました。
悲しくて悲しくて、告別式が済んでから色んな事に気持ちが乗らなくなっていました。
今日1ケ月振りに、ゆう君のお母さんに会いました。
こうしてブログに書くことも躊躇いつつ、生きたい!生きたい!だから辛い治療を受けると3年間頑張って生きた若者がいた事を忘れたくなくて・・・・・・

思い起こせば平成16年の新年が明けた時、ゆう君のお母さんからメール。
突然、頭が真っ白になる文面に私は直ぐに電話をしました。
信じられない病名宣告を受けていたのです。
桜の花は見れないかも・・・・・・
それ以来、友人知人、私の家族みんなで祈り続け、奇跡を信じ、驚異的な精神力で過酷な治療を乗り越えてきたゆう君。
お医者さんも「こんな患者さんに出所会ったことがない、信じられない」と。
必ず奇跡が起きる!絶対奇跡はある!と信じていました。
長時間に及んだ大手術の後、ゆう君に会った時「おばちゃん、驚かせてごめんね」と。
「全くだわ、どこで何してたの?」と私はこんな言葉を発してしまいました。
いつ会っても笑顔、自分の置かれている状況を淡々と話しくれたゆう君。
何度か生命の危機も乗り越え、時々顔を合わせも悲壮感はまるでなしでした。
こんな事ってあるんだろうか・・といつも思っていました。
だから、世の中には不思議な事があって、余命宣告を受けても生きれる事がある!と。
月日が経つにつれ、今年4月に仕事にも復帰して「どうしても働きたい」との願いも叶え、会社の手厚い配慮を受け働き出して6ケ月が過ぎました。
10月14日(日)、ゆう君に会った時「明日から入院するので髪の毛をカットしに来ました」と、いつもの笑顔で息子のサロンにやって来たのです。
体調の話を聞いて、私なりにあまりいい状況ではないと思いつつ、それでも奇跡は起きると内心思いました。
帰り際「元気で戻ってきてね」と私からのエールに「ありがとう」って明るい声で。
これが、ゆう君と交わした最後の言葉になってしまいました。
しかし、2週間後の10月末日にお母さんからのメールで、後数日であろうと・・・・・・
今までずっと自分の気持ちを抑えていいたけど、どうしても〇〇子さん(私)に伝えておきたいとの文面でした。
この事はご主人(私の夫)と二人だけに留めておいて欲しいとも書いてありました。
じっと気持ちを堪えて、厳しい現実が近い事を悟りました。
夜、布団に入ってからのメールでしたので、あまり考えずに寝ることにしたのですが、不思議な事にふっとゆう君が現れて、私は両手で抱きしめよとしたのに・・・・すーっと姿が見えなくなったのでした。
今までにない悲しい顔で立っていました。
翌朝、彼のお母さんには家族みんなで最後まで傍に寄り添って欲しいとメールするのが精いっぱいでした。
後に聞いた所、入院は1日だけで「どうしても家で死にたい・・・」との願いを受け入れ、家族全員で2週間家で過ごしていたとの事です。
そして、2日後「今、逝きました」と夕刻にメールを受け取り体が震えました。
その後、電話もあり翌日ゆう君に会いに行きました。
病人らしからぬ顔で静かに眠るゆう君を前に涙が止まりませんでした。
何度呼んでも返事はなく、ここで辛い現実を受け止めざるをえなかったのです。
最後まで「生きたい,生きたい」を繰り返し、「心配、心配」の言葉を残し、ゆう君は永遠の眠りについてしまいました。
そう、私たち家族全員がゆう君と赤ちゃんの時から繋がっていました。
家の次男とは1ケ月違いの生まれ、元気に一緒に遊び、一緒に過ごす時間も多かったのです。
高校3年生の時には同じクラスで受験勉強に励み、空手部で体を鍛え、学校にも功績を残しました。
そして、夫と私が働いていた会社で優秀な社員として働いていたのです。
そんなゆう君に突然襲い掛かった病気、なぜ?なぜ?なぜなの?なぜゆう君が?
何とも悔しくて、辛くて何度も彼のお母さんと一緒に泣きました。
とても辛い最後の別れから1ケ月が経ち、今日はさらなる涙涙の時間を過ごしてしまいました。
半年前位に両親への詫びと感謝の言葉を彼が携帯に残していたのを読ませてもたった。
どんな気持ちで文面を書いたのか・・・・本当に辛かったね、もっともっと生きたかったね。
彼のもっと生きたかった事、心配な事は4歳の息子の今後の事かもしれません。
4歳の幼子にパパの死を受け止める事はなかなか難しいね。
でも、小さな質問には正直に答えてあげてね・・・・と伝えました。
そして、この3年間は苦しい事はいっぱいだったかもしれないけど、家族と一緒に過ごせた時間は濃密だった事は確かです。
そう思いたいと彼のお母さんは言っていました。
今日の夕方には、ゆう君の息子S君をサロンに車で私が連れてきました。
「イケメンにしてください」と可愛い声で言っていました。

取り留めもなく、だらだらの長文、一人の若者の病気と向き合う姿勢から私はの多くの事を教わりました。
私は弱い人間だから、いつも弱音をはくだろう、でもその時、ゆう君を思い出してみようと思う。
生きたいから辛い治療に耐え、強靭な精神力と笑顔で生き抜いたゆう君、本当にお疲れ様でした。
おばさんは、時々涙がでるよ。
俺の事は心配しないでいいから、いつも通り普通に過ごして!と口癖だったんでしょ?
涙を流すまいと思っても無理だよ、出るものは出るからね、だって本当に悲しくて辛いしね。
棺に入れたおばさんからのメッセージ読んでくれたかな・・・・・
いつかそちらの世界で会った時に声をかけてね。
おばさんはその時年を取っていて忘れちゃってるかもしれないけど、ゆう君なら忘れないで覚えてくれてるよね。
昨年亡くなったおばあちゃんには会えたかな?びっくりしたでしょうね。
じゃあね・・・・・・・ゆう君はみんなの誇り、また会おう
平成30年11月2日  ゆう君永眠  享年34歳  合掌
by suzu-kinako | 2018-12-10 22:54 | 家族
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